連載コラム
spc

コラムサラリーウーマン金太郎 ── いよいよ独立起業編
Vol.7 「スーパーウーマンなんていないよPart4 〜何でまた? 私が何したっていうの!〜」
(18.Jun.2003)
思い起こせば1年前。子宮筋腫の手術をしたとき、入院中に顔の染みをレーザーで取って先生に叱られて……。いろいろ思い出すと懐かしく、ちょっと笑いが出てしまう。退院してからの3カ月くらいはホルモン治療もあったけれど、とりあえずスーパーウーマンに戻りつつあった。
業績は私の復活とともに右肩上がりの状況で、ついに私の事業部門はマルチメディア事業部と昇格するところまできた。私は次長となり、新しい部長を管理職に迎えていた。 3カ月に一度の定期健診も4回目、これで何も無ければ、完全復活だ。

私は自信満々で、担当医の待つ診察室のドアを開けた。

「残念ですが、また筋腫ができています。3カ月前は何も無かったのに、何故だかわかりませんが、かなり大きくなっています。これは再度手術をしないと、どんどん大きくなるかもしれません。なるべく早くが良いですね」

私は一瞬自分の耳を疑った。また筋腫? しかも手術? 信じられない。

その日はある男性と久しぶりに食事をする約束になっていた。彼は昨年の入院中とても心配し、親身に見舞いに来てくれていた。しかし、健康になった私にはその愛情が鬱陶しく、恋愛関係は自然消滅をし、今では良い友達になっていた。病院の入り口で待っていた彼の顔を見つけた瞬間、涙がこみ上げてきた。

「また、子宮筋腫だって。今度は急激に大きくなっているから、すぐ手術だって。でも、あんな思いをするのは二度と嫌よ。私は完全復活のはずだったのに。また1ヶ月休んで3ヶ月リハビリ状態になるなんて絶対に嫌。なんで私ばっかりこんな目にあうの?」

驚いた彼は前にも増して優しい目で私を見て、肩をギュッと抱きしめてくれた

「それはとてもショックだね。大丈夫かい? そばにいてくれる人はいるの? 念のために他の病院でも一応診てもらったらどうだい。」

私は彼の言葉に首を横に振り続けながら、自分の孤独を改めで実感した。私はまた仕事だけで生きてしまっていた。 1週間後、私は婦人科で有名な大学病院の助教授の診察を受けた。

「筋腫かどうかわかりませんが、お腹に大きなコブが出来ているのは確かです。悪性の可能性も考えれば、開腹手術が良いでしょう。大丈夫ですよ。私が執刀します」

私は覚悟を決めた。名医と言われるこの人に全て任せようと。しかしながら、私の心には葛藤があった。何故か自分自身の女性という体に半分腹が立った。

「先生、私は2回目の手術です。子宮筋腫は2回とれば、もう出来ないのですか?」

「いや、何度でも出来る可能性があるのです。はっきり、これといった理由はまだ解明されていないけれど、ストレスなどでホルモンのバランスが崩れることも大きな原因といえます。あなたは、仕事でかなりのストレスがあるようですね?」

「ええ、新規事業を立ち上げて発展させてる責任者ですから、ストレスの無い状態なんて考えられません」

「ストレス状態を続けているのはよくありませんね。自分の体をもっと大切にしないと」

「先生、それより私がもう二度と子宮筋腫にならないように、また癌とかにもならないように子宮も取ってしまうというのはどうでしょう?」

「あなたはいくつですか? 結婚していますか? お子さんは?」

「36歳です。独身です。子供はいません」

「そうですか、まだ30代なら、子供は十分産めますよ。女性と産まれたのですから、是非お子さんをもうけてみてください。私は貴方の今言ったような理由で、子宮ごと取るなどというのは反対です。子宮も卵巣も残すように手術をしますよ」

2回目の手術当日、心細くて怖くて涙が出た。突っ張っていた自分は何処にいってしまったのだろう。何もがむなしく、大きな代償を私は払おうとしている感じがした。そして全身麻酔の眠りに落ちた。手術は3時間くらいかかったらしい。結果、腫瘍は無かった。最初の手術に問題があり、その傷の癒着し水が溜まっていた。また卵管にもそれは影響をしていた。私はこの手術で卵巣を1つ失なった。目が覚めて、彼が手を握っていてくれたことに気づき、手術の結果を聞くと、静かな安堵感と空虚な感覚がからだに広がった。

3日後、執刀医の先生がベッドまでやってきた。

「どうですか?調子は」

「ええ、大丈夫です先生」

「赤ちゃんはまだ産めますからね」

「それはどうでもいいのですが、仕事復帰はいつからできますか」

「おやおや、君はまだそんなことを言っているのかい。今の君の働き方や生き方が、この子宮筋腫を作ったのだよ。また、同じように働けば、また筋腫ができるかもしれないよ。そしてまた手術をするのかい? 君は自分の体を何だと思っているの?」

「・・・・・」

「もっと自分を大事にしなさい。女性として人間として考えてごらんなさい」

先生の言葉に目が覚めたような気がした。私は何のためにがんばってきたのだろう。どうしたかったのだろう。私は10年前、独立起業し、1年後に会社を潰してしまった。そして、その時にまたいつか独立起業をしようと心に誓った。そのために10年お金をため、実務修行をしようと頑張ってきた。がんばって、がんばって、がんばっているうちに、何が目的だったのかをすっかり忘れてしまった。
私は今回の入院期間は、自分の人生を考える時間と決めた。自分が何をしたいのか、どう生きたいのか、少なくともこんなボロボロな姿になることは望んでいなかった。退院してもしばらく会社は休もう。高い代償を払って、ようやく私は自分自身の幸せな未来をイメージし始めた。 (つづく)

Top↑
spc

close