連載コラム
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コラムサラリーウーマン金太郎 ── いよいよ独立起業編
Vol.6 「スーパーウーマンなんていないよPart3 
〜転んでもタダでは起きない! ポジティブ・シンキング〜」
(2.Jun.2003)
「子宮筋腫」。調べたら盲腸に近いくらいポピュラーな病気のようだ。特に「30代の独身(子供無し)キャリアウーマンの4人に1人が」などと書いてあるので、周りの先輩女性達に聞いてみたら、かなりのヒット率だ。

 精密検査の結果も踏まえて退院時に年内の手術を勧められ、一応「はい」とは言ったものの、お腹を10センチ近く切るなんて、やっぱり先送りにしたい。体にメスを入れるのは高校1年の盲腸の手術以来。盲腸の傷跡だって今も残っている。ということは今回の傷跡がそれ以上になることは必至。「ビキニが着られない、彼ががっかりするかも、もうモテないかも」人から見れば馬鹿げた発想かもしれないけれど、女心は激しく揺れてかなり決断を迷った。 しかし、もし放置した場合、筋腫は確実に大きくなり、間違いなく体に支障をきたすし、また、悪性になることもあるという先生の言葉に、この大学病院で手術をすることを決めた。すると、不思議にこの2週間の手術入院にどう取り組むかを考え始めた。この2週間で、今度こそスーパーウーマンに生まれ変わることができるかもと。

手術は、半身麻酔(意識あり)か全身麻酔(意識無し)を選ぶことができた。私は迷わず半身麻酔にした。理由はもし腫瘍が悪性だったり、何かあったりした時に、お医者さんがする判断をきちんと聞きたいし、意見も聞いて欲しいと思ったから。手術日当日。
「じゃ始めるよ、気分は大丈夫」
「はい大丈夫です」
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「先生、何か問題ありますか?」
「大丈夫だよ。子宮筋腫は取れたよ。あっ、卵巣にものう腫があるのが見つかったから、これも取るね。もうすぐ終わりだ」

 こんな調子で2時間弱の手術が終わり、回復室に病棟の看護婦さんが迎えにきた時には「まだ手術してないの?」なんて驚かれた。もちろん麻酔が切れたら、痛くないわけはないけれど、翌日には歩き始めなくてはならないというのは盲腸と同じで、自分の想像の範囲内だった。さて、私の次の計画に移らなくては。

 私は手術の1週間前に、同じ大学病院の形成外科の診察を受けていた。理由は顔のシミのレーザー治療のためだ。実は一部の女性経営者やキャリアの女性の間では、この大学病院でのシミのレーザー治療はちょっと有名だった。私の場合は、前に付き合っていたボーイフレンドが、そこで顔のほくろと首のところにあったイボを綺麗にとったので知っていた。その時に彼が、「レーザー治療で目の下とほほのシミとってしまえばいいよ。綺麗になるし、安心だし安いしいいぞ。ただ2週間くらいレーザーを当てた箇所を毎日消毒して絆創膏をはらなくてはならないから、会社にはいけなくなるけどな。休暇を取ってやれば?」

 もちろん当時は休暇なんて取れるわけないし、顔のシミだってファンデーションで隠せるわ、なんて思っていた。でも今回は2週間病院にいなきゃならないんだもの、このタイミングだ!と私は思ったのだった。術後5日目に、そっと病棟を抜け出して、形成外科の外来でレーザー治療、30発のレーザーを顔に当て、顔が絆創膏だらけでエレベーターに乗り込んだら、手術の執刀をした担当医に出くわしてしまった。
「君、一体何してきたんだ」
「シミ取りのレーザー治療をしてきました」
「駄目じゃないか、術後5日目なんだぞ。大人しくしてなきゃ」
「すみません。でももうやってしまいました」
「そうだね。それにしても、顔中絆創膏になるなら、こういう時じゃないと出来ないのは確かだね」 「そうでしょう、先生」
私は確実な確信犯だった。

翌日、アシスタントのさきちゃんと親友が3人見舞いにきた。そして第一声が
「ねえ、子宮筋腫で入院したんじゃなかったっけ。顔の傷だったの?」

それから10日後、私はピカピカの素肌と、12センチのお腹の傷とともに退院した。婦人科病棟ではあれから皮膚のレーザー治療がすごく流行っていた。
久しぶりに帰宅した私は確かに体力は落ちてしまったけれど、気分は生まれ変わった感じがした。これで、思いっきり仕事が出来る。1週間後、会社に復帰した私はスーパーウーマンになるべく、また猛烈な勢いで仕事にのめりこんでいった。
1年後の私に起こることを知るよしもなく……。(つづく)

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