連載コラム
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コラムサラリーウーマン金太郎 ── 激闘本番30代篇
Vol.23 「お国の仕事 Part2 これがお国の仕事?」
(4.Oct.2000)
1997年2月上旬、マルチメディア人材育成プログラムのイベントが始まった。US政府の顧問も勤めるNY大学のレッド・バーンズ学部長教授は、60代のエレガントな貴婦人のような方。南カリフォルニア大学のビベカ・ソーレンセン学科長教授は、40代のいかにもアーティストといった感受性の高い女性だった。エアラインA社ホテルで彼女達を迎えた初対面の印象は、メールと同様とてもフレンドリーだったが、すごい貫禄だ。同伴の男性教授が小さく見えるほど(笑)。TBSNihgt、エアラインA社Nightと、彼女達を囲んでの歓迎&接待の二夜が過ぎて、いよいよ基調講演が行われる初日。
 基調講演は私達の強引な要求(集客を考えたらお台場なんかでやれない)で、青山のTEPIAホール。もちろん同時通訳を入れて、司会もバイリンガルのアナウンサーを手配。4時間弱の講演は大盛況で大拍手の中で終了。場所をエアラインA社ホテルに移して、このプログラムに関わる関係者の公的なパーティが開かれた。 ○×振興協会専務理事挨拶、通産省課長挨拶、東京都外郭団体イベント会場の会社の責任者挨拶、○×振興協会常務理事乾杯。TBS取締役挨拶、エアラインA社専務挨拶……。延々と黒と紺の恰幅の良いオジサマ達の挨拶が続き、気が遠くなりそうになる。私やのりこの紹介など何もなし。ここでわかったのは、このオジサマ達の中で、33歳の通産省課長が一番偉いということだった。 翌日から、お台場で2週間のクリエイティブワークショップ。これを行う条件を2人の教授から聞かされていた。
  1. 対面型教室での講義はやらない。大きな丸テーブルに教師もカ徒も一緒に座り同じ目線で話をする。授業はディスカッションが中心。
  2. 食事も生徒と一緒に丸テーブルでとる。生徒と一緒にいるコミュニケーションの時間をなるべく多くしたい。
  3. クリエイティブルームには、ソフトドリンクやスナック等のおやつを常備しておき、いつでも生徒達が食べられ、リラックスできるような環境にしておく。
 教授達は、USの自分達の大学と同様の環境で授業をしたいと考えたのだ。しかし、○×振興協会の部長や、会場運営会社の社長は大反対。
「講義はやっぱり教室でやってもらうのが筋でしょう。飲食は食堂がありますからな〜。講師控え室も用意しているわけだしね〜。教室で飲食など行儀が悪いことどうして???」
「教授達はUSの大学と同じクリエイティブな環境が望みです。私達運営サイドはそれを準備する義務があります」
「いやこっちには規則があるわけでね」
「だったらその規則、今回は破っていただきます」
 最後には、リクエストがかなえられなければ教授達が授業をやらないと言っているとまで言って、頭の硬いオジサマ達を納得させた。期間中、この手の押し問答は後を絶たなかった。
 教授達の授業は英語。それををサポートする通訳も技術アシスタントも、全員、私の部下達だ。このプロジェクトはクリエイティブスタッフにとっても、すごい経験と勉強ができる。ちょうど1週間経った中間発表の頃は21名の受講者と教授達、サポートするアシスタント達は片言の英語でも皆仲良くコミュニケーションしていた。最終日の制作発表は受講者全員がスピーチをした。
「本当のクリエイティビティとは何かわかりました。この2週間で、おじいさんのように疲れて感動を忘れていた僕は、生まれ変わって赤ちゃんのようにすべてが新鮮です」  CGのデザイナーとして活躍していた彼の言葉に全員が頷いて泣いた。私達も思わず目頭が熱くなった。横目でオジサンたちを見ると、お疲れ様でしたと言いながらお互いにビールを注ぎあって、赤い顔をして笑っている。
 私達は教授達との約束で、この感動を卒業制作作品として1枚のCD-ROMにまとめて全員に渡すことにした。これこそが、このイベントの意味を残す素晴らしい報告書。

 1週間後、○×振興協会での打ち合わせ。そこで担当の部長さんが話し始めた。
「報告書を作ってもらわなくては困るのだが……。いや、報告書自体は私が書くから、添付資料として別添資料を作って欲しい。分量的にはこれくらい(人差し指と親指で表現)そう1センチくらいは欲しい、つまり100ページ以上書いてもらいたい」
「書き方とか何かありますか。100ページというのは何か取り決めが? それとCD-ROMで卒業制作をまとめたものを提出しますが」
「書き方など決まってないから自由に。何しろボリュームがないと困るんだよね。2000万円ぐらいが総額のプロジェクトだと1〜2センチ、つまり100〜200ページが基準だよ」
「1センチですか? 100ページって内容の基準は? CD-ROMは教授達との約束で……」
「そう、質より量だから、ある程度の分量を提出しないと。やったって認めてもらえないんだよ。内容の基準なんてないから。それとCD-ROMね。必要ないけど教授達に約束したっていうなら提出しといてよ、一応」
 報告書をせっせと書いている頃、私達の友人の通産省課長が異動した。
 報告書を提出した6月、○×振興協会の担当の部長は役職を解かれて元の会社に戻っており、次の担当者のオジサマが言った。
「ふーん、こんなのやったわけね。悪いけど何も引継ぎがなかったから、僕わからないんだ。前任者が書く予定の本報告書への抜粋作業も頼むよ」
 これが私が引きうけたお国の仕事(?)だった。

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