連載コラム
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コラムサラリーウーマン金太郎 ── 激闘本番30代篇
Vol.20 「肥後の投げ財布」
(23.Aug.2000)
突然、熊本県の第3セクターの会社の社長から電話がうちの部長に入ってきた。
 しかもエアラインA社の熊本支店長経由での紹介である。内弁慶の上司はいつものように、相手が社長だと名乗った途端に電話を私に回してきた。
「京都でやったマルチメディアセミナーのチラシを見たとか言ってるぞ。面倒臭そうな話でも、支店長経由だから丁寧に返答してくれよ」
「はいはい」
 その第3セクターは、地元のソフトウェア開発事業をやるために、半官(国の紐かね)半民(地元の有力企業が出資)で作られた会社で、京都の第3セクターを会場として私達がアップルコンピュータと共催したマルチメディア実践セミナーのチラシを見て興味を持ち、すぐに連絡したという。
「県民の翼、エアラインA社でこういうことをやっとる会社があるなら、ぜひとも来てもらわんと。エアラインA社の支店長は私の友達ですけん、無理言って紹介してもらったとです。明日上京するから御社に伺いたかとばってん、どげんですか?」
 いきなり強烈な熊本弁でまくし立てられて、さすがの私もたじろいだ。何しろOKですと伝えると、早速A社長が翌日現れた。
「熊本は田舎ですよ、東京と違って。ばってん、ソフト開発やらマルチメディアやら振興させたかという気持ちは九州の他の県には負けまっせん。県民の翼、エアラインA社ですけん、ここは私の顔を立ててぜひ、力を貸してくれんかね」
「はあ。セミナーの講師ということであれば、まずはご協力できるかと思います。後は日程を調整させてください」
 実はエアラインA社のパイロットの基礎訓練所が熊本にあり(飛行場のすぐ゚く)、それで「県民の翼、エアラインA社」なのである。それにしても、このA社長は私が見たことのないタイプのビジネスマンだ。方言を連発しながらのパワフルさは、人を圧倒するものがある。うちの上司など完璧に圧倒されて存在感を失っている。私も異星人との遭遇にも似た感想。
 それから約1ヶ月後、2時間のセミナーをやることに。エアラインA社の実績を地元の企業(この第3セクターに出資している会社)の方々60名ほどにお話するべく、泊りがけの出張となった。通常はクリエイター連れなのだが、今度はなんと例の部長が連れだ。気が重い。
 初日、熊本空港に到着したその足で、空港のすぐ近くにあるその第3セクターの会社に寄ってご挨拶。そこは各コンピュータ企業の小研究所や研修施設が緑の中に立ち並ぶ、なかなか良い環境。しかし車なしでは移動は無理。翌日の本番を前に、打ち合わせとデータのチェックをしてご挨拶。そしてエアラインA社空港支店に寄って挨拶。
 再びセミナー会場に戻って本番。もちろん、これは得意分野だから参加者は大満足の様子。私としては単に満足されてもね〜。ここでクライアントの1社でもできなくては熊本まで来た意味がないと言うもの。
 そして場面は夜の接待へ。水前寺公園の中に建つ料亭が予約され、A社長は熊本県名産や、熊本県人の考え方などを熱弁している。うちの部長はと言えば、案の定、支店長とばかり話をしている。私が口火を切った。
「今回セミナーをやってのアンケート結果や手応えをお聞かせください。また御社として今後、私の部署に何かを期待したり、ビジネスとして依頼したいことはおありですか?」
 この単刀直入な言い口にA社長は言った。
「それはまだなかよ。あんたは会って2回目の人に、ようビジネスだの何だの話をするね。ここは東京とは違うとよ。一番重要なことは信頼関係ばい。数回合っただけの人に何でそぎゃん話ができるね」
「おっしゃっている意味がわかりません。私は単なるお付き合いやボランティアでここに来ているわけではありません。ビジネスチャンスの可能性があると思ったからです」
 A社長が笑って言った。
「“肥後の投げ財布”という言葉、知っとるね? 金が惜しくて話をしないわけじゃなか。財布はこの通りあるよ、相手を信じられればこの財布を預けるよ、というのが大体の意味ばってんが、東京のおなごには理解できんとね」
 理解できない、理解できない。私のビジネスのやり方では。
 東京に戻り、九州男児の常さんに聞いた。
「なんか非常に疲れたわ。東京的なやりかたでは駄目なのよ。それにばってん、ばってんとか言われて全部否定されちゃったわ」
 常さんは大笑いをした、ばってんは接続詞で“しかしながら”といった意味。別に私を否定しているわけではないよと。
 絶対に嫌われてると思って諦めていたのに、A社長はそれから上京するたびに私の会社に寄った。東京で逆接待の席も数回設けた。ある時、A社長が言った。
「うちのマルチメディアセンター事業の予算が国に通ったよ。だから御社にプロデュースやディレクションを全て任せたい。あんたのように威勢のよか、おなごは見たことない。熊本のおなごもしっかりしとるが、ワシはあんたを信用するばい」
 私は、ビジネスのセオリーをまたここで学んだような気がする。
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