連載コラム
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コラムサラリーウーマン金太郎 ── 激闘本番30代篇
Vol.18 「井の中の蛙」
(2.Aug.2000)
エアラインA社の教材開発でのマルチメディアの実績は、当時のマルチメディア事業というのがエンタテイメントやゲームばかりだったので、社会的に非常に注目されるようになった。新聞や雑誌にその実績が取材されることも多々あったが、実際にその実績を見てみたいという見学希望の企業も現れていた。
 また開発も再生もマッキントッシュを使っていたために、アップルコンピュータのマーケティング本部とは非常に懇意な関係を持つようになっていた。つまり当時、彼らが弱かった企業向けの販売戦略にうまくマッチしたのである。共催のセミナー等をやったのはもちろんのこと、彼らの他の企業クライアントに対して、企業におけるマルチメディア活用事例としてエアラインA社の実績をいろいろ話して欲しいというリクエストが多々あった。
 三鷹にある電気メーカーY社は、アップルコンピュータを通して社内勉強会の講師依頼の連絡をしてきた。このような話は、もちろん上司に相談しなくてはならない。いつものように部長に相談して、一応彼自身が行くように勧めると、自分はそんなところで話せないし、質問に答えられなくて恥をかいたらどうするんだ、そんなことやっても営業に役立つとは思えないし、だいたい人に頭を下げるのは嫌だ……いっそのこと断わってしまえという返事。
 前から数々の問題のある私の上司だが、この内弁慶、井の中の蛙というの困ったもの。自分より偉そうなもの、自分がかなわないと思うもの、自分が見劣りするかもしれないものには決して近づかない防衛本能が発達しているのだ。本人はプライドだと勘違いしている。そりゃ、あなたはエアラインA社の出向社員だから、全世界はエアラインA社だけでいいけれど、私達はそうはいかない。どこにビジネスチャンスが転がっているかわからないわけだか轣Aこういう時こそチャンスと思って行かなくては。怯む必要はない、実際にやった実績の話をしにいくのだから。上司に、アップルコンピュータはうちが出来ないといったら、エアラインA社本社に頼み兼ねませんよと伝えると、今度は自分の面子が丸つぶれになると焦り、おまえが適当にやってこいという責任転嫁のいつもの返事。待ってました! 行ってきます!
 三鷹にあるY社に、ノートパソコンにいくつかの実績データを入れて、最も信頼するクリエイターの1人(彼は21歳)をアシスタントとして同伴して向かった。三鷹駅はY社の街というようなイメージ。関連会社も皆ここに集まっているようだ。本社の門をくぐると、大きな噴水の中庭が広がっており思わず驚く。一緒にいたクリエイターのM君が一言、
「まるで学校みたい。なんか歴史の古そうな会社だね」
 私達は待合室から、いきなり役員用らしき会議室に通された。そこには10名ほどのかなり年配の方々がどっしりと大きな椅子に深く座っており、私達を見て一様にいぶかしげな顔をした。名刺交換をと歩み寄ると、一番若い、それでも50代の取締役部長という人しか交換をしてくれない。彼の説明によると、そこにいる方々はY社の社長や常務、関連会社の役員やトップクラスの方々で簡単に名刺を渡せないという。何言ってるの、私は講師でしょう? こんな失礼な会社があるのかと愕然とした。
「君達がアップルコンピュータが紹介してきたエアラインA社のマルチメディア開発をしているという、なんか想像していたイメージと……」
 一人だけ名刺交換をしたオジサマの言葉が終わらないうちに私は話し始めた。
「はい、私がマルチメディア事業の責任者でメディアプロデューサーの植田です。今日はアップルコンピュータを通してのご依頼なので、最も優秀なクリエイターを同伴し、本来はお見せできないような開発実績をご紹介にあがりました」
 私の一言に一瞬にオジサマ達の顔がひきつった。そしてプレゼンテーションが始まると「ほー」「すごい」「うーん」「そんなことまでできるのか」「実際の教育で本当に使えるのだ」彼らの口から次々に唸り声がでた。一通りの説明が終わり、質疑応答を難なくこなした時に、彼らは私達への羨望と、自分たちの無知ゆえのバツの悪さを隠すような笑みを浮かべて私達を見ていた。そしてもっとも偉そうなオジサマが聞いてきた。
「君達に聞くのはおかど違いかもしれないが、うちのY社はメーカーとしてマルチメディアに対応した何を作ればいいと思うかね?」
 私は何て質問してくるのかしらと考えていると、一緒にいたM君が笑いながら言った。
「僕はパソコンとかじゃなくて、CD-ROMをテレビにつなげて遊べるゲーム機がいいと思います」
「そうか。そんなものがはやるようになるかね」
 当時はファミコンはあったけれど、SONYのプレステは世の中に影も形もなかった。
 ここにも井の中の蛙が……。ちょうど夕暮れ時になった帰り道に食べたクリームパフェの味が、とても甘く感じたのは満足感だったのかもしれない。
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