連載コラム
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コラムサラリーウーマン金太郎 ── 激闘本番30代篇
Vol.11 「いざ昇格! しかし年収150万円ダウン」
(26.Apr.2000)
新規事業として立ち上げたマルチメディアも、どうやら方向性が見え、それなりの実績も積み、社内認知度も上がり、グループから課へと昇格するのは目に見えていた。しかし、その実績を上げていた私の肩書きはグループチーフ。管理職でも何でもない、単なるグループリーダーだった。それでも私が外部クライアントの部長や課長の肩書きの人達と対等に渡り歩けた理由は、メディアプロデューサーという名刺を使っていたからだ(これを社内で認めさせるにも一波瀾では収まらなかったっけ)。カタカナ名称というのは意外に便利であるし、私が何の専門家であるかも一目瞭然だった。
 されど社内では、一ヒラ社員のままでいるということは、何の決定権もないということだ。いちいち、直属の上司にお伺いをたて、彼らの判断が下るまで何度も何度も説明の資料を作る。しかし責任は全部自分がとる。さあ、そろそろ責任をとるだけの権限を手にいれても良い頃だろう? 自分自身の社内営業をする時期だと思い、私は昼はもちろん夜の飲み会でも、上司や経営陣に掛け合った。
「もし、私のやっている事業を課にするならば、私を管理職に昇格させて欲しい。抜擢してくれれば、前にも増して事業を拡大のため努力することを誓う。もし、出向社員が課長になったならば、事業の方向性を見失うことになりかねない」
 私のこの営業努力は、周りからは無駄に見えた。なぜならば私の会社は、まだ会社の歴史が4年ほど。しかも管理職、つまり課長代理以上は全員が本社からの出向社員なのだ。プロパーと呼ばれる、この会社が独自に採用した社員が管理職になるなど、夢のまた夢、10年はかかると思われていた。

 ある時、私は直属の上司に呼ばれた。
「マルチメディアを課にしようと思う。君の昇格の話が役員を含めた会議の中で出た。34歳で女性、しかも入社3年では全ての基準にあてはまらない。しかし、それでも昇格させようという話もある。しかし、もし昇格すれば君の年収は150万円下がることになる。理由は残業代が一切つかなくなるからだ。どうだ、給料が今まで通り欲しいだろう。課長代理なんかにならないで、仕事してたほうが特だぞ。本社の中にも、給料のこと考えて昇格したくない奴がたくさんいるんだ。管理職なんて、責任ばかり重くて何もいいことないぞ。今まで通りおれがこの事業をマネージメントするから、おまえが実質責任をもってやればいいじゃないか」
 私は、自分が管理職へのパスポートを手に入れようとしている喜びと、この辞退しろと言わんばかりの言葉への怒りが、一度に身体に吹き上げてきた。
「なぜ、出向社員の管理職と同じ給与体系にならないのですか?」
 私はすかさず聞いた(私もかなりの甘ちゃんだった)。
「馬鹿をいうな、俺達の給与は本社の体系なんだ。プロバーはこの会社の給与体系の中で管理職になるわけだし、はっきり言って5年未満でこんな話は普通ないんだぞ。だから、あと2年くらいヒラ社員のままでいたらどうだ。贅沢できなくなるぞ!」

 私は決めた。
「年収150万円ダウンで結構です。私をプロパーの管理職として第一号にしてください。私達の給与体系はいずれ改善されると思いますから」

 私の昇格は、本社においても社内においても非常に驚かれた。もちろん嫉妬ややっかみもあったが、当時100名ちょっといたプロパー社員にとって一瞬の希望に感じてもらえたようだった。しかし、私の昇格との本当の戦いは、ここから始まるのだった。
 950万円の年収はそれから1年は800万円となった。もともと年収500万円で生活できるペースを守っていた私にとって、150万円のダウンは年間の貯金が減るくらいのもの。しかし、自分の価値を計る基本は年収。私と同じポジションの出向社員は1200万円はもらっていた。 もちろん私は、「いつか必ずリベンジ!」を考えた。

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