連載コラム
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コラムサラリーウーマン金太郎 ── 激闘本番30代篇
Vol.6 「招かれざる客」
(18.Feb.2000)
新規事業のプランナー。つまり白紙の画用紙に絵を書くことが私の仕事。そして私はそのテーマをマルチメディア事業と確信した。
 私の最初のプロジェクトは、マルチメディアに出会ったきっかけの、CA(スチュワーデス)の訓練をセルフトレーニングの開発だ。これは当時、エアラインA社の情報システム本部がマルチメディア時代の先端を行っていると言われた某レーザーディスクメーカーが元受で開発が決定したプロジェクトだった。関連会社のどこからきたかもわからない小娘(当時31歳)が、プロジェクトに参加させて欲しいと言い出したのだから、関係者は戸惑ったし、不愉快に思ったこと極まりなかった。
 また私のプロジェクトを心良く思わなかった人たちは社内にもいた。
「航空業界のこともわからいくせに新規事業など生意気だ。マルチメディアなんてニューメディアと同様、絶対うまくいくわけない。どうやって誰が失敗の責任とるんだ」
 このプロジェクトで最初に学んだこと、これはセクハラへの対処だったかもしれない。セクハラというと、女性のからだのことを言われたりすることを想像するが、私の経験は仕事をする上での嫌がらせ、やる気をそぐような発言の数々のシャワーだった。
「女だてらに、女のくせに、女の武器を使ってるの、女の特権だね、女だから許されるんだよ、女なのになぜそこまでやるの、女だからって甘えてるよ」
 今考えても、本当に頭にくる。なぜあんなこと言われて怒らなかったのだろう。アスキー時代には考えられなかったことだ。なぜ、仕事の話で食事をして、その後カラオケのデュエットを楽しく歌えなきゃ、一人Oだと認めてくれないのか。
 当時の私の頭の中はマルチメディア事業の立ち上げに一心不乱な状況だった。悔しさを感じるよりプロジェクトが円滑に進むために笑顔で全て受け流すすべを覚えた。カラオケも必死で練習した。オジサマ達の好きなテレサ・テンを覚えた、裕次郎のデュエット曲も練習した。その一見無駄なように見える努力は大きな意味があった。ある時に気がついた。別に平気なのである、そんなこと。
「そうです、女の特権だからミニスカートのスーツ着ます。男性はつまりませんね。女だから大きなプロジェクトを任されたんだとしたら神様に感謝しちゃいますよ。私、女にしては、そこら辺の男には仕事で負けませんよ」

 そしてもう一つ学んだ。女の敵は女という場面が非常に簡単に起こるということだ。同期のような年齢も同じキャリア志向の優秀な女性がいた。彼女は、このマルチメディアプロジェクトにいち早く賛同、一緒に活動したいと申し出た。しかし1ヶ月もしないうちに、彼女はプロジェクトを去り、これが失敗するだろうという上司への報告とともに、私を退職させる嘆願書を作って社内を回覧していた。私は恨みを買うことをした覚えはなかったが、彼女にとっては私の存在自体が疎ましかったのだろう。彼女は私が会社を辞めるまで7年間同様のことを繰り返した。社内に敵というか悪意を持つ人がいるのは、なかなかのスリルである。まあ私にとって彼女は何ら脅威と感じたことはなかったが。
 また、CAのCBT開発をするために、CAの教官達と打ち合わせをしていかなくてはならなかった。彼女達は私と同年代の30〜35歳で業務知識も豊富で優秀なベテランばかりだ。私にとって子供の時の憧れのCAの人達と仕事ができるのは楽しみだった。しかし、彼女達は私を一目見て嫌いになったようだった(笑)。原色のミニのスーツも、男性スタッフに指示したりクライアントと交渉する姿を、ビジネスをする女性とは認めてはくれなかった。彼女達に理解してもらえるのに1年の歳月を要した。

 じゃあ上司や会社の経営陣はどうだったのか? 彼らは私への深い思い入れなどなかった。新規事業を立ち上げるために、私という駒でギャンブルをしようとしたのだ。1年で駄 目ならこれを捨てて、他を探そう。
 私は会社に望まれて入社し、新規事業を立ち上げ始めた。しかし見渡す限り味方はいなかった。私は在る意味では招かれざる客だった。 上等じゃん!私がゼロから作ってやろうじゃん!

 約1年、ようやく丁稚奉公のようなこのプロジェクトが終りかけた時、私の本当の行動がスタートしたのである。私はこのプロジェクトでの実績を元に外部企業に営業に出かけた。

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